■ 教員からのメッセージ
「教えるとは希望を語ること。学ぶとは誠実を胸に刻むこと」。フランスの詩人ルイ・アラゴンの「ストラスブール大学の歌」の一節です。大学教育が身近な利益に直結して考えられがちな現在においても、なお大学は「知と正義の場」(チョ・ナムジュ『彼女の名前は』)です。現代社会を問い直す力を養いましょう。
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■ 現在の専門分野
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■ 学歴
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■ 職歴
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■ 主要学科目
日本社会史Ⅰ、史料講読Ⅰ、社会史特講Ⅰ、ジェンダー史 |
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■ 著書・論文歴
1. |
2019/11 |
著書 |
戦国期文書論 (共著) |
2. |
2018/03 |
論文 |
文禄五年閏七月地震とその被害 災害・復興と資料 (10),1-12頁 (単著) |
3. |
2017/08 |
論文 |
阿波橘八幡宮神主職と在地勢力 四国中世史研究 (14),1-20頁 (単著) |
4. |
2016/02 |
著書 |
生活と文化の歴史学7 生・成長・老い・死 (共著) |
5. |
2005/11 |
著書 |
戦国期の権力と婚姻 (単著) |
6. |
2016/03 |
論文 |
毛利元就継室たちと関ヶ原 ノートルダム清心女子大学紀要 文化学編 40(1),97-112頁 (単著) |
7. |
2016/03 |
著書 |
山口市史 史料編中世 (共著) |
8. |
2014/03 |
論文 |
毛利元就継室「中の丸」の出自 女性歴史文化研究所紀要 (22),51-64頁 (単著) |
9. |
2014/03 |
論文 |
宝永四年地震の中の家族とその史料 災害・復興と資料 (4),1-13頁 (単著) |
10. |
2013/08 |
論文 |
『予章記』に探る中世河野氏の歴史構築 四国中世史研究 (12),79-100頁 (単著) |
11. |
2013/03 |
論文 |
豊臣期から江戸初期における毛利氏妻室に関する一考察 女性歴史文化研究所紀要 (21),19-32頁 (単著) |
12. |
2013/03 |
論文 |
毛利輝元養女の婚姻と清光院 鳴門史学 (26),1-26頁 (単著) |
13. |
2012/03 |
論文 |
田端泰子氏と中世女性史研究の現在 女性歴史文化研究所紀要 (20),3-16頁 (単著) |
14. |
2011/03 |
論文 |
毛利輝元養女と興正寺門跡の婚姻に関する一考察 松山東雲女子大学人文科学部紀要 (19),141-164頁 (単著) |
15. |
2010/12 |
著書 |
日本中世の西国社会① 西国の権力と戦乱 1,103-144頁 (共著) |
16. |
2009/08 |
論文 |
伊予河野氏文書の近江伝来をめぐる一考察 四国中世史研究 (10),35-55頁 (単著) |
17. |
2009/03 |
著書 |
高野山上蔵院文書の研究 (共著) |
18. |
2004/08 |
著書 |
伊予河野氏と中世瀬戸内世界 (共著) |
19. |
1997/03 |
著書 |
羽曳野市史 第1巻本文編1 (共著) |
10件表示
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■ 研究課題・受託研究・科研費
1. |
2017~2020/03
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「前近代における巨大地震の家屋倒壊率と死亡者数の研究」(研究代表者:新潟大学人文学部教授矢田俊文) 基盤研究(B)研究分担者 |
2. |
2013/04
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「地域の記憶とアイデンティティ形成」(研究代表者:愛媛大学法文学部教授吉田正広) その他の補助金・助成金 |
3. |
2012~2015/03
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「前近代の地震による家屋倒壊率と津波到達地点の研究-1707年宝永4年地震を中心に―」(研究代表者:新潟大学人文学部教授矢田俊文) 基盤研究(B)研究協力者 |
4. |
2006~2009/03
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「中世伊予における高野参詣と弘法大師信仰に関する基礎的研究」(研究代表者:愛媛大学教育学部教授川岡勉) 基盤研究(C)研究分担者 |
5. |
1993/04
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「日本中世における『家』と『他人』の成立に関する社会史的研究」 奨励研究(A) |
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■ 講師・講演
1. |
2019/10/13 |
豊臣政権と河野氏のゆくえ(愛媛県松山市) |
2. |
2019/02/11 |
戦国期伊予河野氏と女性たち(岡山県岡山市) |
3. |
2015/10/24 |
毛利隆元室 尾崎局の生涯(山口県山口市) |
4. |
2014/11/29 |
中世社会の生存環境(岡山県岡山市) |
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■ 所属学会
1. |
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日本史研究会 |
2. |
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歴史学研究会 |
3. |
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大阪歴史学会 |
4. |
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総合女性史学会 |
5. |
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ジェンダー史学会 |
6. |
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四国中世史研究会 |
7. |
2011/08~2013/08 |
∟ 編集委員 |
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■ 委員会・協会等
1. |
2019/01~ |
岡山市文化財保護審議会 委員 |
2. |
2012/09~ |
愛媛県文化財保護審議会 委員 |
3. |
2002/11~2018/10 |
徳島県文化財保護審議会 委員 |
4. |
2013/04~2015/03 |
松山市文化財保護審議会 委員 |
5. |
2011/04~2016/03 |
山口市史「史料編」編纂委員会 専門委員 |
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■ 学部担当分野
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■ 研究内容紹介(学生の方へ)
織田・豊臣政権期は、教科書では全国統一の時代として叙述されています。しかし、一方で同時代には、中世以来の多くの家が滅び、家臣が仕える主君を失いました。私は、中国地方の大名毛利元就(もうりもとなり)の娘しんと宍戸隆家(ししどたかいえ)夫妻の3人の娘など、毛利氏の婚姻政策の中で生きた女性たちの研究をしています。なかでも同夫妻の長女は、伊予国(現愛媛県)の守護河野氏最後の当主通直(みちなお)の母となりますが、河野氏滅亡後、家臣たちによる秀吉襲撃伝承が伝えられる一方、その生涯は不明となります。私は彼女の死に至る生涯を解明し、統一政権の時代が実際には、同時代の人々の多様な経験と生涯として生きられたことを明らかにします。
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■ 研究内容紹介(地域社会の方へ)
第一に、戦国・織豊期の毛利氏権力の婚姻政策と女性について、同氏当主の妻室や他家へ嫁した娘・孫娘に注目し、研究しています。なかでも、元就の孫娘宍戸隆家長女(母親は元就女しん)は、毛利氏が瀬戸内海賊衆を味方とするため、伊予へ嫁ぎました。伊予国守護河野氏最後の当主通直は彼女の子息です。彼女は河野氏権力で「大方」として力を持ちますが、豊臣政権により同氏が国守の座を追われ、安芸竹原へ出国した通直が死亡して以降、その消息は不詳となります。一方で河野氏遺臣による秀吉襲撃計画伝承が伝えられ、その後の彼女の生涯の究明は、新たな豊臣政権像の提示にもつながるでしょう。第二に、歴史地震の研究として、康安元年(1361)の南海トラフ巨大地震をめぐる「太平記」諸本の比較研究と、その記述の歴史的背景の解明に取り組んでいます。
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